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Hello! Reds Staff「水上 裕文さん 前編」
皆さんこんにちは!
浦和レッズ後援会です。
今月のHello! Redsは、
浦和レッズクラブスタッフの水上裕文さんです。
水上さんは1993年に浦和レッズへ入社され、強化担当のチームマネージャーとして長きに渡りチームを支えてこられました。選手と共に多くの時間を過ごしてきたからこそ知るエピソードや、裏話をたっぷりインタビューしてきました。たくさんお話をお聞きすることができましたので、本日と明日の2編に分けての配信です。
本日は、主にチームマネージャー等のお仕事についてお聞きしました!アウェイゲームの裏側など初めて知ることが多い方もいらっしゃるのではないでしょうか?是非、最後までご覧ください。
是非ご覧ください!
◆監督や選手たちが試合に集中できる一番良い環境を提供する仕事
―――2021年まで強化担当に在籍されていたとお聞きしました。強化担当とはどのようなお仕事内容なのですか?
強化担当の中でも色々あります。
現場のマネージャー業務をしていた時期もありましたが、2年程前からはチームの総務のようなことをしていました。マネージャーの業務をしていた頃はピッチにもいましたし、メディアなどにも出させていただいたので、ファン・サポーターの皆さんもよくご存じなのではないかと思います。「チーム総務ってなに?」と思う方も多いかと思いますが、僕が担当していた頃の仕事内容は8割くらいがコロナ対応でした(笑)。丁度、コロナが流行し始めた頃にチームの総務担当の業務に変わりましたので、総務担当の業務はその対応で終わってしまったという感じです。コロナがまん延した頃は右も左も分からない状況で何をするのも手探りでした。防護服を着て検査をしたり、その検体を東京の研究所に持って行き、結果をもらってみんなに伝えたりという業務でした。
―――チームマネージャーとはどのようなお仕事内容なのですか?
シーズン初めはキャンプの準備をして、開幕戦の予定が出てくると、開幕戦の準備、その次の試合の準備、また次の試合…という流れですかね。チームの宿泊場所や移動手段の準備を旅行代理店の方と調整したり、日々の練習のスケジュールを組むなどを行っています。僕が担当していた頃はまだコロナ禍前だったので、ホームもアウェイも前日からホテルに泊まっていることが多かったです。流れとしては、前日練習をして夕食時間に合わせてホテルに入り、みんなで食事をとって、各々休んでもらいます。次の日の試合がデイゲームなのかナイトゲームなのかで動きが違い、ナイトゲームだと午前中に1度起床して身体をほぐすために全員で散歩に行きます。10分くらい歩いて、公園や広場に行って簡単な体操やストレッチを行い昼食、軽食などを取って時間になったら出発します。
デイゲームだったら、朝起きて一番に散歩、そのまますぐ食事をとり出発という流れです。
僕は“スケジュールを組み、そのスケジュールに沿って選手を引っ張って行く”仕事になりますね。
平日は、練習開始の1時間や1時間半前にグラウンドへ行き、監督とスケジュールの調整やコミュニケーションを取りつつ選手とも話をしたりしていました。その時間の“話”というのは、プライベートのことや最近の悩みなどが多かったですね。
選手たちは午前中に練習が終わればそのまま帰りますが、僕は試合に向けての準備で午後はデスクワークが中心です。新幹線のチケットは1か月前に、飛行機のチケットならもっと前に取らないといけません。夏休みやお盆の時期とアウェイゲームが重なると本当にホテルが予約できないので、3~4か月前から調整をはじめます。
―――そんな中で苦労されたエピソード話などありますか?
2018年の7月に広島で試合があったときに、広島の中で一番大きな花火大会の日と重なってしまい普段宿泊しているホテルが取れなかったことがありました。ホテルを押さえるときは、過去にJクラブや他のプロスポーツ団体が宿泊した実績があるかどうかを調べます。スポーツ団体が宿泊したことのあるホテルはスタッフも慣れていて、対応していただけるキャパがあるかなどが判断の基準になります。やっと宮島にホテルを見つけ、そこは過去に他団体も宿泊したことがある宿でした。
我々としては初めて泊まるくらいの小さなホテルだったので当時監督のオズワルドオリヴェイラ監督にも「なんでここなんだ。」と結構強く言われてしまいました…。当時は広島から移籍をしてきた選手が多く、その花火大会のことも知っていたため、選手たちはポジティブに、「普段泊まったことない所だからたまにはいいね!」や「あの花火大会は仕方ないよ、あれは無理だよ」と言ってくれました。
花火大会やお祭りなどのイベントは毎年7月の第3週~第4週の週末に開催されることが多いので何年も前から予約されている方が多い印象です。その状況に慣れていない監督からは「浦和レッズが言っているのに空けられないのか!」と言われることもあったので、その時は本当に申し訳ない気持ちでした。自分の仕事としては、監督や選手が試合に集中できる一番良い環境を提供したかったのですが、空いているホテルはそこしかありませんでした。
他にも修学旅行時期の京都や甲府や北海道などの移動手段やホテルは、押さえるのに苦労した思い出があります。ですので、スケジュールが出た時に移動手段やホテルが取れるのかどうかとてもピリピリしていました。
山形が初めてJ1リーグに上がってきたときも大変な思いをしましたね。普段、チームは新幹線だとグリーン車に乗ります。ですがその時は「グリーン車が指定の席数取れません」と言われてしまいました。なぜ取れないのか問い合わせをしたところ、そもそも山形新幹線にグリーン車が1車両しかなく、普段乗っている東海道新幹線より席数が少なかったのです。僕自身それを理解していなかったので、旅行代理店の人に色々強く言ってしまったことがあり…。結果、選手はグリーン席に乗せてスタッフは指定席としましたが、一人か二人若い選手が指定席になってしまいました。一人は山田(直輝)選手でした。スタッフが指定席に乗っていると、闘莉王選手(田中マルクス闘莉王選手)がグリーン席から指定席に来て、そのまま指定席に乗って帰ったんですよ。闘莉王選手に「なんでこっち来たの?」と聞くと、「スタッフが指定席に乗っているのに、俺がグリーンに乗るわけにいかない、一緒に指定席で喋っていたらすぐ着くでしょ。」と言って一緒に喋ってくれました(笑)。あの時は本当にびっくりしちゃいました。
以上、水上裕文さんのインタビュー前編でした。