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Hello! Reds OB
「渡辺隆正さん 後編」

こんにちは。
浦和レッズ後援会です。
今月のHello! Redsは、
浦和レッズOB 渡辺隆正さんです!
先週配信した前編に引き続き、今日はインタビュー後編をお送りいたします!!
浦和への思いを熱く語っていただいた前編でしたが、後編はそんな渡辺さんが浦和を飛び出し、今治でご経験されたことについて深くお聞きしました。
引き続きお楽しみください!




◆今治からみた浦和レッズ

―――“浦和”にこだわりをお持ちになられていた渡辺さんがどうして今治へ行こうと決断されたのですか?

レッズがあったからプロサッカー選手を目指し、夢を持って行動できたので浦和は特別な存在であり、日々「浦和のために」と過ごしていました。2014年ブラジルワールドカップで日本が敗退した時に、色々と自分自身のことを見つめ直しました。その中で「自分のことを知らない人がいる環境でなにができるか、“浦和レッズの”渡辺隆正であって“浦和レッズの”が外れてもこれからプロの指導者として生きていけるのか」と自問自答し、これから先指導者として大切なのはチャレンジすることではないかと思い始めました。その時にいろいろな人と話す中で「岡田武史さん」のお話を聞く機会が増え、岡田さんの本や番組を見て考え方やご経験されたことを学ぶことはすごく勉強になるのではないか、一緒に仕事ができたらいいなぁという思いがありました。

そのようななか、タイミングとご縁で知り合うきっかけがあり、岡田さんが新たなチャレンジをすることをお聞きし、一緒にチャレンジしたいと相当な覚悟を持って今治へ飛び出しました。

―――今治の街の雰囲気などはどうでしたか?

当時の今治は野球が盛んいうこともあり、街でFC今治のエンブレムを見ることも無くサッカーの話題もありませんでした。人口が16万人の今治市なので夜は真っ暗でまるっきり浦和とは違う街でした。今では少しずつですがFC今治がきっかけでサッカーの話も増えてきました。FC今治を通して今治が浦和の街のようになっていけば面白いのになぁと思い描きながら、街の人と交流をしていきました。交流では海の清掃活動や街のサッカー好きの方に誘われ、市営体育館でフットサルなどをしていました。

私のことを知らない地元の方々とどうやってコミュニケーションを取りながら認められるかを模索していたなかで、私はフットサルをしているだけのつもりだったのですが、「隆正がいるのだったらFC今治の応援に行こうかな」と言ってくれるようになり、とても嬉しかったです。当時岡田さんと一緒に住んでいたのですが、夜に出かけようとすると、「お前どこ行くんだ~」と言われ、「街の人と体育館でボール蹴ってきます!!」と答えると「あ、じゃあ俺も後でいくな~」と言って当時一緒に住んでいた吉武監督と2人で体育館に来てくれました。お二人が来てくれたことを街の人もとても喜んでくれました。

―――岡田さんと住まれていたというのはシェアハウスですか??

そうです。岡田さんが、街のサッカー好きの人たちが集まれる場所を作りたかったために、大きいお家を借りていました。私が埼玉から単身で引っ越すことを岡田さんに相談すると、「じゃあウチに住めよ。」と言ってくださり住まわせていただくことになりました。「岡田さんと吉武監督が住んでいて、俺も住むってどんな構図だよ!」と迷ったのですが、「そんな経験も滅多にできないな」と思い住むことにしました。

家ではもちろんサッカー以外の話もしますし、私が朝ゴミ捨てに行こうとすると二階から岡田さんが「ダッダッダー」と下りてきて、「夜遅くまで仕事をしているんだから俺がゴミを捨ててくる。だから寝てろ!」と言ってくれて…「いやいや僕が捨てます…」となるのですが、私に対してもすごく気を遣ってくれるとても優しい方です。他にも会食のあと酔っぱらって帰って来られるときもあって、次の日の朝そのままお風呂に眼鏡がおいてあったりとか…(笑)

当時FC今治の吉武監督も「朝食、パンでいい~?」と起きたらパンを焼いていてくれていたり…。この歳になってサッカー漬けの合宿をやっている気分でした。家に住んでいたのは3か月という短い期間でしたが、すごく楽しい時間でした。私が家を出てからも代表の試合であったり、学校の先生や来客がある時など、何かあるとそこが集まる場所になっていたので、浦和でもこんな場所を作りたいなぁと思っていました。

―――今治で経験されたことをこれからどのように浦和レッズへ活かしていきたいですか?

私は選手を引退してからハートフルクラブでコーチを経験しました。不思議なことにハートフルクラブで落合さんが言われていたことや、やっていたことが岡田さんの言動や行動ととてもリンクしていました。そのため今治で過ごした5年間はどこかとてもスムーズに感じました。

浦和レッズが大切にしていることはどこにいても大切なことなのだと感じ、岡田さんの言う今治の「守破離の考え」や理念である「物の豊かさよりも心の豊かさを大切にする社会づくりに貢献する」ことはまさしく落合さんの言っていることやハートフルクラブの精神と一致していました。

浦和レッズの理念もそこに繋がっていると思うので、このことが浦和レッズの中にもっと浸透してほしいと強く思っています。常に心の繋がりがあり心豊かな大人や子どもたちがいてその心で地域の人と繋がる、そうすると街も良くなり、さらに浦和レッズが良くなっていくのではないかと思います。

浦和レッズが大切にしていることが凄く大事なことなのだと今治へ行って感じました。
だからこそまず第一に浦和の街を良くすることを考え、そして今浦和レッズがやろうとしていること、大切にしていることをより多くの人へ発信することが必要だと思います。

岡田さんに初めてお会いした時に「次世代の子どもたちにどんな社会を残せるのかを考えている」というお話をされていたことがとても印象に残っています。それは私の永遠のテーマであり、浦和にいる子どもたちにとってどんな社会を残せるのかを常に考え、それを浦和で活かしていきたいと思っています。



―――これからの浦和レッズに期待するものなどありますか?

クラブが「あらゆる分野でアジアナンバーワンをめざす」と掲げていますし、浦和レッズがやっていることが日本のサッカー界や日本の社会を良くするためにやっているという考えで、取り組んでいけば良いのではないかと思っています。

サッカー界にいるとその世界しか見えず、クラブにいるとクラブの中の考えに囚われがちな気もするのでその枠を超えてもっとクラブの中の人たちが外との繋がりを考えながらやっていくことが大切なのかなと思います。
大きなことはできないかもしれませんが、浦和レッズというクラブはたくさんの人に応援してもらっていることもあり、いろいろなことにチャレンジできるのではないかと思い、そのようなことに期待していきたいです。



―――後援会会員の皆さんに一言お願いします。

いつも支えていただきまして、本当にありがとうございます。その感謝に尽きます。

私が現役の時にもコーチになってからも、普段スタジアムでサポートしてくれている「スチュワード」さんなどとは繋がりがあり、本当に浦和レッズを応援し「心で動いてくれている人たち」なのだと感謝しかありません。良いことも悪いことも色々な声を出していただいて、より地域・クラブが良くなるためにお話ができればと思います。


以上!浦和レッズ OB渡辺隆正さんのインタビュー後編でした!

先週に引き続き渡辺さんの熱いサッカーへの想いをお聞きすることができました。
浦和で感じたことを今治に出てから再認識され、再び浦和へ戻ってこられた渡辺さんのご活躍に期待しましょう!
今後も浦和レッズアカデミーダイレクターとして、次世代を背負うレッズアカデミーの選手たちを支えていってほしいです!