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Hello! Reds「水内猛」前編


こんにちは。
浦和レッズ後援会です。

今月のHello! Redsは、
浦和レッズOB 水内猛さん です!!

水内さんは1991年に三菱自動車サッカー部に入部し、1992年のJリーグ開幕から1995年まで浦和レッズでプレーしました。
現在はテレビ埼玉の「REDS TV GGR」のメインキャスターとしておなじみですね!!

いつもはインタビューする側であることが多い水内さんですが、今回はインタビューされる側として、たくさんの質問に答えていただきました!
2021年幕開け特別号ということで、今月は前編・後編の2本立てでお送りいたします!



◆“就活中·元Jリーガー”からMCへ。
――水内さんといえばREDS TV GGR。
 現役引退後すぐにGGRのメインキャスターになり今年で24年目になりますが、GGR出演のきっかけは何だったのですか?

 もともと引退したらテレビに出る仕事をしたいなと思っていたので、オファーをお断りして1997年シーズンで引退しました。翌年にW杯フランス大会があったので、仕事が多いタイミングかなと考えて1997年に引退を決めました。
また、1993年にJリーグが開幕してからは、水曜、土曜、水曜と毎試合ゴールデンタイムにサッカーの試合をテレビで放送していたので、少なからず僕を覚えてくれている方がいて。そういう方たちが僕を覚えてくれているうちに引退したいという思いもありました。
 GGRのMCになったのは、引退後に出演したTBSの「スーパーサッカー」がきっかけです。
 その頃は引退後の活動についてはまだ何も決まっていなかったので、“就職活動中·元Jリーガー”という肩書で出演させてもらったのですが(笑)、それを見たテレビ埼玉の「Go Go REDS」(REDS TV GGRの前身)のプロデューサーが声を掛けてくれました。
 ちょうど前のMCの方が降板されて、次のMCを探しているタイミングだったみたいです。

――GGRのMCとして浦和レッズの様々な出来事に携わってきたと思いますが、最も記憶に残っていることは何ですか?

 1999年にJ2に落ちて迎えた2000シーズンの昇格、ですかね。
その年が初めてのJ2だったので、「まあ楽勝でしょ」と思ってシーズンが始まりました。当時J2は10チームだったので1チームと4回戦うことになっていたのですが、どことやっても1戦目はほぼ勝ちました。でも2,3試合目になると研究されてきて、負け始めてきて。当然勝つのも簡単じゃなくなって、なかなか勝ち点を伸ばせない時期もありました。
そんな中で迎えたホーム駒場スタジアムでの最終戦。
勝てばJ1昇格という試合で、レッズの選手が退場になって、一人少ないなかで延長戦を戦うことになって…。苦しかったけど“延長Vゴール”で勝たなきゃいけないという状況でした。
そんな試合で、最後に同級生の土橋正樹が素晴らしいミドルシュートを決めました。そのときが、多分、今までで一番喜んだ。
 今までにリーグやらACLやら色々な優勝があったけど、どれもそこまでじゃない。
やっぱり一番喜んだのは正樹のVゴール。あのシュートは今でも鮮明に覚えています。サポーターの皆さんにも土橋正樹という男は覚えておいてほしいなと思います。

――GGRのMCとして多くの選手と関わってきたと思いますが、印象的な選手はいますか?

 エメルソンです。プレーもすごいですが、エメルソンにインタビューしたときに、「日本国籍をとって日本代表になる」って言っていたのが衝撃でした。すごいな、日本のサッカー変わるなと思って。
 それで、どうしてそう思ったのって聞いたら、「日本サッカー協会のエライ人に言われた」って言ってました(笑)


◆浦和レッズOBたちのいま
――引退した浦和レッズOBで「今この人はおもしろいことをしているな」という方はいらっしゃいますか?
岡野(岡野雅行さん:ガイナーレ鳥取 代表取締役GM)とか、啓太(鈴木啓太さん:AuB株式会社 代表取締役)はすごいなと思います。
岡野はクラブの“経営”というところにも入っていって、自分がもつ能力を最大限発揮してチームを大きくしよう、勝たせようと頑張ってる。ガイナーレの規模は決して大きくはなく、みんなで努力して支えあって働いていく中で、創意工夫しながらやっているんだろうなと思います。 

 啓太は自分の会社の社長として、全然サッカーに関係ない人たちと会って、頭下げて、お金出してもらって、他の競技のアスリートにも会って、紹介してもらってまた会って…みたいな感じで、サッカー選手のキャリアが通用しない“営業”をやっている。
日本代表で活躍した人がゼロから出発して、過去にすがるわけではなく自分から前を向いて新しい事業をやっていくところがすごいなと思います。

――OBの繋がりはけっこうあるのでしょうか?
レッズはOB会を作って、年に1回OB戦をやったりしています。LINEのグループには100人弱くらいいますよ。レッズを辞めていく人に「OBのラインがあるから入ってー」と言って広がっていって。普通にアレックス(三都主アレサンドロさん)とかいます(笑)
ここに入らないのは福さん(福田正博さん)と闘莉王(田中マルクス闘莉王さん)くらいかな(笑) 誘えば来ますけどね(笑)
 福さんは昔から「俺はいいや」って感じの人なんですよね。引退してから本当に人が変わりましたけどね!(笑)

――福田さんってどんな人だったのですか?

 最悪(笑)
というのは冗談ですが、クラブの人にとっては面倒くさかったと思います、クラブにあれこれ言っていたので(笑)
でもそれは、日本代表に行ってヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ1969)の選手をはじめとした多くの人と交流を持って、色々なことを見て来たからだと思います。当時のレッズよりも進んでいるクラブを見て、そこで見たものを持ち帰ってきて、レッズにも取り入れようとして。レッズはこのままじゃだめだという危機感と勝てない悔しさがあって、クラブに言ってくれていたのかなと思います。訳が分からないままJリーグがスタートして、クラブも手探りでやっていた頃でしたから。
それはともかく、今はだいぶ丸くなりましたけどね(笑)


以上、浦和レッズOB 水内猛さんのインタビュー前編でした!

タレントとして活動するための戦略を持って引退されたこと、今までで一番喜んだエピソードなど、興味深いお話しばかりでした。
後編も濃厚な仕上がりとなっておりますので、ぜひお楽しみに!!



※前編は昨日23日(土)に配信予定でしたが、システムエラーにより配信が遅れましたことをお詫び申し上げます。